しかし、このままにしておくのも忍びない。
僕はどうしようかと少し考えを巡らせ、声を掛ける。
「ナスタニさん、なんかすみません。でも、たぶんもう僕には無理です。大根でダメなら、もう無理です」
「おぉぉいマジかよ無責任かよ、余計酷くなってるよ! 腹なんかよりよっぽど酷いよ!」
まぁ、少し申し訳なくは思う。
「じゃあ、もしアレなら成仏してみませんか?」
「いや今関係ねぇ! 痛ぇーーーーッ!」
「でも、この世に幽霊を診れる医者はいませんけど、たぶんあの世なら、元医者の幽霊もいると思いますよ」
そう言うと、ナスタニさんは一瞬止まる。
「……確かに!」
「いや、でもまだこの世に怨みがあるんでしたっけ? なら、暫くは諦めますか?」
「いやもう、どうでもいいよ! 鼻の痛みがとれるなら、なんでもいい!」
――なんだろう、押し切れそうな気がする。
「じゃあ、成仏しましょうか、ナスタニさん」
「そうする!」
そう答えたナスタニさんの体が、更に透明になっていった。
幽霊が成仏するところには初めて立ち会ったが、やろうと思えば自分で成仏できるのか、と少し感心する。
消えゆくナスタニさんから、世話になった、とうっすらと聞こえた気もしたが、僕はむしろ苦痛を与えただけなので、それは気のせいだったのかもしれない。
暫くするとナスタニさんは完全に消えた。
目論見とは少し違ったが、過程はどうあれ除霊を完了した僕は、誰もいなくなった墓の前で少し考える。
――次に依頼が来たら、初めから大根を持ってこよう。
しかし、そんな決意はすぐに頭から離れ、僕は足早に隣のアパートへと向かった。
女子大生に誉めてもらう。
その圧倒的な吉事の前では、幽霊も大根も祖母の教えも、全てが色褪せていった。
〈了〉
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