おろすか、切るか、へし折るか④

おろすか、切るか、へし折るか



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 現場に入る前に、僕は依頼主と会う約束をしていた。直接、状況を聞いておきたいし、前金も受け取っておきたい。

 現場の墓地の前で、夕方に待ち合わせた。

 

 僕が到着すると、既に依頼主と思わしき人物は待っており、見て、僕は驚く。

 

 ――かわいい。

 

 名前から女性であることはわかっていたが、かわいい。あと前情報通り、若い。うえに、かわいい。

 

 なんだかんだで冷やかし依頼の可能性も視野に入れてはいたが、かわいいということは、つまりそれだけで信頼に値する。僕の中から疑いが全て消えるには充分過ぎた。

 それに話をしてみるとメールでの対応と同様に物腰も柔らかく、礼儀も正しい。

 最近の若者にしては良くできていると、僕は感心する。それに、かわいい。つまりそれだけでやる気は出る。

 

 少し蕩けていたが、勤勉であれ、という祖母の言葉を思い出し、僕は気を取り直して彼女に依頼内容の再確認をした。

 しかし、メールでやり取りした以上の情報は無い。

 毎夜のように、この墓地から呻き声が聞こえるのだと言う。

 

 僕は墓地を少し眺める。

 思っていたより狭い。

 10数基ほどの墓石が立ち並ぶ、昔からこの地に住んでいた人達だけが眠る小さな共同墓地だ。

 まだ日暮れ前なので墓地に迫力はないが、たぶん夜になればむしろ墓地があるとも気が付かないほどの、ひっそりとした場所ではある。

 彼女は墓地の裏手のアパートで暮らしており、墓地とは縁も所縁もないらしい。

 僕はとりあえず夜になったら様子を見ておくと彼女に告げ、彼女を家に戻し、日が暮れるまでどこかで時間を潰すことにした。

 別に昼間でも幽霊はいるが、幽霊は大抵、昼間は寝ている、というより活動休止状態になるようなので、やはり夜に伺わなければ話もできない。

 

 僕はそれから数時間、近くの漫画喫茶に入り浸った。



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