おろすか、切るか、へし折るか⑤

おろすか、切るか、へし折るか



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 夜9時。

 幽霊もそろそろ呻く頃合いかと、僕は再び現場へと向かった。

 

 車を依頼主のアパートの横へ止めさせてもらい、僕は墓地へと向かう。

 墓地の周辺まで来ると、声が聞こえた。

 低く、不気味に這いずり回る、濁音混じりに伸びた震える声。

 確かに呻き声は聞こえる。

 毎晩これが聞こえるのなら、確かに辛いところだろうと、僕は墓地の中へと進んだ。

 今までの経験上、幽霊は怨みのない者には直接的な害は加えない。とりあえず幽霊に話を聞いて、それから対処方を考えようと僕は思っていた。

 

 更に進む。

 墓地の中央あたりに、幽霊はいた。

 幽霊を見て、僕は驚く。

 

 ――のたうち回っている。

 

 中年のオジサンと思わしき幽霊が、のたうち回っている。

 

 驚く。

 幽霊がのたうち回っているのを、始めて見た。

 

 体質がら、今まで色々な幽霊を目にしてきたわけではあるが、悶える中年は始めて見たので、僕は困惑する。

 あまりに珍しい光景に、もしかしたら幽霊ではなく実物の人間ではないかとも思ったが、実物の人間が墓地で悶えている光景も、それはそれで珍しい。それに、このオジサンはうっすらと透けている。

 

 どう見ても幽霊だ。

 

 やはりこれが呻き声の正体なのだろう。

 しかし、あまりに苦しそうに悶える姿に、彼が幽霊だとかは関係無しに、僕は心配になる。

 祖母にも、困った人は助けろと言われた。その教えに背くわけにもいかない。

 声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

 幽霊は間髪空けずに返す。

「医者を呼んでくれ!」

 

 ――そう言われて、また僕は困ってしまった。



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