七人の老師③

七人の老師



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 ただ、タダシにはよくわからない。

 何故、朝の公園で老人が2人で殴りあっているのか。よくわからなかったが、タダシは少し見守ることにした。彼らの動きはそれ程魅惑的で、かつて少年だった者が等しく目指した最強という言葉を2人の老人が体現しているよう、タダシにはそう思えたのだ。

 

 タダシは見守る、2人の激しい争いの顛末を。どちらかを贔屓にする必要はないのだろうが、どちらかと言えば子供の頃に夢中になったカンフー映画の主人公を顕現させたかのような、老師Bにタダシは惹かれた。カンフー映画の前で白熱したかつての少年は、あの時確かに中国拳法最強説を信じていた。

 

 老師達は殴る。

 組んで千切って殴り合う。

 お互いの筋力をただ向かい合った人間を淘汰するためだけに使っている。それが正しい事かはタダシにはわからなかったが、それでも恐らく数十年に渡るであろう研鑽の結晶をひたすらにぶつけ合う2人の姿は、少なくとも誰かが止めていいものではないように、タダシには思えた。

 

 そして程なく、決着する。

 老師Bの肘打ちを体よく躱した老師Aは、その刹那に腰を深く落とし、老師Bの顔面を拳で殴り抜けた。

 

 老師Bは吹き飛ぶ。素人目でも致命的な打撃が炸裂した。老師Bは横たわり、動かない。

 中国拳法最強説を信じたタダシには残酷な現実が公園の広場で証明された。タダシは口惜しくも思うものの、しかし、心の中で老師Bへ賛辞を送った。



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