七人の老師①

七人の老師



他作品へ

 

 タダシは困惑していた。

 

 

 早朝、という程ではないが、目覚まし時計に頼ることなく自然と目を覚ました休日の早い時間。見ていたであろう夢をすぐに忘れ、少し空腹すら感じるような、気持ちの良い寝起きだった。そんな日は真っ先にカーテンを開け、まだ喧騒に陥っていない町の始まりを確かめ自分が世の一員であることを喜び悦に浸りたくなる。寝間着のままタダシはベランダへと身をくねらせ、新しい日の始まりを歓迎した。

 

 タダシは外を見る。雑音は聞こえない。芽吹いたばかりの草木の薫りが目視できるような、新鮮さが際立つ季節の到来を体感した。

 塗装の剥げかけたベランダのへり。遠くに見える山々の尾根。アパートの目の前で萌える公園の木々。アパートの3階から見渡すいつもと変わらない景色が、気持ちの良い目覚めのお陰で何だか特別なもののように思えた。

 ただ一つだけ。いつもと違っているのは、木々の合間から覗く公園の広場の中で、2人の老人が半裸で殴りあっていることだった。

 あまりにも自然と景色に溶け込んだ老人達の争いに、始めはタダシは全く気付かなかった。

 老人達が健康のために運動している、くらいのものと勝手に錯覚していたのかもしれない。

 

 だが少し眺めたところ、明らかに様子は違う。とても健康のための体操には見えない。

 筋骨粒々の老人が2人、明らかな破壊意思と共にお互いを素手で攻撃している。

 

 一旦そのことに気が付くと、タダシの理解は事実に追い付かず、ただただ困惑が生まれた。



次ページ

コメント

タイトルとURLをコピーしました