そろそろ寝付けるかもしれないし、もう無理かもしれない。でも僕が諦めたらきっと世の中はとんでもないことになるし、世の中がとんでもないことになったら僕もとんでもないことになるかもしれない。僕がとんでもないことになったらもしかしたら明日から大量のエクレアが食べられるかもしれないが、そうなるとプリンがもう二度と食べられないので辛い。
耳と耳の間の少し上が混濁を始めた頃、部屋の片隅から気配を感じたが、よくある事ではある。そんな取るに足らない事では、もはや僕の入眠願望を諫めることはできない。
だが例の如く彼が騒ぎ出すのだろうな、と思って事前に目を開けておくことにした。もううんざりだ。
「おい……俺の気のせいであれば申し訳ないんだけど……」
やっぱりね。
「部屋の隅に何か居るんだが」
別にいいだろそのくらい。
「部屋、暗いのにさ。なんかさ、見える。女の人がさ。立ってる」
うるせえな……
「金縛りの時から不穏だったけどさ……ここまであからさまなモノが出てくるとさ……わりともう何とも思わないというかさ……」
だったら黙って寝ててくれ。
「わりと結構な頻度で出てくるよ、気にするな」
一人で喋らせるのも悪いので声は返しておく。
「そうか。起こして悪かったな……」
「いや……まぁ何もしてこないから安心してくれ。今まで1度も何かされたことはない。無害だ」
「そうか……ムカデは咬むもんな。ムカデよりマシだな……」
随分と物分かりが良くなってきた。やればできるじゃないか。
「目を閉じていれば見えないんだから目を閉じていれば居ないのと一緒だ。気にするな」
「でも嫌な気配はする……」
「相手は人間じゃないんだ。犬とか猫と一緒。犬か猫が同じ部屋にいても別に問題ないだろ? あと犬とか猫はたまに咬むけど幽霊は咬まない」
「幽霊って言っちゃうんだ……できれば言ってほしくなかったな……怖い」
「どう考えても幽霊だろ? 別に問題ないよ、知らない人間が立ってたら殺されるかもしれないから焦るけど、幽霊は部屋の隅とかで夜中に立ってるものだろ? 何も不自然なことはないよ」
僕は人間が隣にいるから眠れないのに、その当の本人たるお前は人間でもないものをイチイチ気にして人の寝入りを逐一邪魔しやがって……
「そうかな……まぁ、そうかもな。確かに何もしてこないし犬とか猫よりもマイルドかもしれないな……」
ようやく解ってくれた。
「害はないから。おやすみ」
「……おやすみ」
再び起こされた恨みは消えないが、流石に今度はすぐに眠れそうな気はする。心を穏やかに、ゆっくりと目を閉じ、頭の先を枕の下へと溶かしていった。
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