上空、帰る③

上空、帰る



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 エレベーターを降り、廊下の突き当たりの喫煙室に進むと、やはり彼はいた。ガラス戸の向こうで、旨そうに煙を吐き出している姿が見える。

 彼は灰皿の前で天井を見つめ、だらしなく開いた大口から白い煙を立ち上ぼらせている。その至福そうな姿を見ていると、少しだけ喫煙者が羨ましくもなるのだが、別に旨くもない不健康なものにお金と時間を割くのも理解はできないので、やはり僕は吸わないでおこうとも思った。

 煙を浴びるのは少し嫌だったが、出てきてください、とも言えないので、僕は喫煙室へと入り彼に声を掛けた。

 

 軽くお互いの労苦をねぎらったあと、僕は話を切り出す。

「あの、ちょっとやむを得ぬ事情がありまして、一度帰っても大丈夫ですか?」

 彼は一呼吸おき、口の中の煙を吸気口へと吐き出してから答える。

「帰るって……何処へ?」

「いや、地球へ」

 

 少し間を空けて彼は答える。

「いやいやいや、無理でしょもう。宇宙船、発進してるよ? 今まさに成層圏を突破したところだよ?」

 彼は手の平を顔の前で左右に振りながら、完全に否定してきた。その拍子に吸いかけの煙草の灰が床に落ちる。自分で掃除してくれるなら構わないが、次の掃除当番はどちらだっただろうか。

 しかし次の当番がどちらであれ、いつも結局は部下の僕が掃除をすることになるのだから、掃除当番など有って無いようなものだった。

 というより、さっき一緒に宇宙船を発進させたばかりなのだから、今更引き戻すのは難しいことくらい、僕もわかっている。  それを承知で聞いているのだから、頭ごなしに否定するのではなく、もう少し真摯に部下と向き合ってほしい。僕はそう思う。



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